2005年05月14日

クロード・マケレレ

○チェルシーの最年長選手。
 コンゴ民主共和国出身のフランス国籍。
 MF(ミッドフィルダー)で背番号4。
 1973年02月18日生まれ。170cm 70kg

○深い読みとスピードを活かしたボール奪取に長け
 豊富なスタミナを持ち「4つの心臓を持つ選手」
 と言われるほどの守備的MF。
 同じMFのランパードがあそこまで攻撃的になれるのも
 マケレレが中盤を安定させているからこそ。
 チームの黒子としての堅実なその仕事ぶりと偉大さは
 彼が不在の時にこそ浮き彫りになる。

○元レアルの選手(2000〜2002の3年間在籍)で
 2度のリーグ優勝に貢献。
 しかし“銀河系”としては扱われずに年俸もベッカムの5分の1。
 年俸の引き上げを要求し、合意にも達したはずが
 クラブ側が守らず、2003年8月には移籍か増給を求めて
 チームの練習をボイコット。
 ただでさえ注目を浴びるレアル・マドリードでの
 この内紛スキャンダルは当時のサッカー界を賑わせました。

○2003年9月に望みどおりチェルシーに移籍。
 レアルもなかなか手放そうとはしなかったが
 獲得に意欲を燃やしたチェルシーの 
 移籍金およそ2,300万ユーロ(約31億5,100万円)で合意。
 移籍が実現しなかったら引退の可能性もあったという
 マケレレは年俸300万ユーロ(約4億200万円)と
 今までの2倍以上。

○「代えのきかない必要不可欠な選手」
 カシージャスやエルゲラが言っていた通りマケレレの移籍後、
 中盤が崩れていったレアルは、その穴を埋めるのに
 四苦八苦したのは有名なところです。

○「お金と健康の事を考えて、レアルを出ることを決めた」
 マケレレは包み隠さず話しながらも
 アブラモビッチが新オーナーとなった
 チェルシーは“野心”のあるクラブで
 「自分にも上昇志向があり、とても合っていると感じた」
 と相性も良かった様です。

○フランス代表デビューは1995年で、通算35試合に出場。
 EURO2004の後にテュラム、リザラス、デサイー、
 そしてジダンと同世代の選手たちに続いての引退。
 理由は「若い世代に道を譲る時期が来た」
 と次のワールドカップのためにも、
 若い選手たちに経験を積ませる必要があると考えたから。
 ちなみに父親は元ザイール代表選手。

○先日のチェールトン戦ではチェルシーでの初ゴールを達成。
 リーグ優勝も果たし、今までの貢献に対する
 チームからのプレゼント(PK)。
 GKにはじかれたものの、自ら押し込んでのゴールで
 ピッチ上の選手からベンチの選手まで
 チーム一丸となって祝福されました。
この記事へのコメント
Posted by ゆう at 2005年12月09日 10:21
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