2005年06月04日

ペトル・ツェフ

○チェルシーの若き守護神。チェコの壁。
 GK(ゴールキーパー)で背番号1。
 1982年05月20日生まれ。197cm 87kg。

○長身で俊敏。
 その反射神経と的確なポジショニングは抜群。
 クロスボールにも確実なキャッチング。
 驚異の集中力でプレッシャーにも強く
 すべてを兼ね備えた天才GK。 

○その鉄壁ぶりは練習でも発揮され
 紅白戦ではなかなかゴールが生まれず
 チェルシーのFW陣は頭を悩ますこともあるとの事。

○「GKの才能の90%は集中力」と断言するツェフは
 心理学を勉強して90分間集中力を維持できる様に訓練。
 あの鋭い反応の秘密はここにあったようです。

○「偉大な選手が多くGKが普通のチームより
 普通の選手が多くて偉大なGKがいるチームの方が
 勝利を手にすることができる」とツェフは言い、
 もっと重要視されるべき、と自分のポジションには
 大きな誇りを持っています。

○「偉大なGKはビッグクラブで2試合に2、3度の
 ピンチを防ぐ事ができる。ペトルはそれができる選手」
 とはモウリーニョ監督の言葉。

○2002年のUEFA U-21欧州選手権で
 チームの中心としてロシツキやバロシュとともに活躍。
 決勝では圧倒的な攻撃力を持つフランスに得点を許さず
 PK戦でも2本止め、ダークホースのチェコを優勝に導きます。
 最優秀選手にも選ばれました。

○チェコのA代表にも同年2月のキプロス戦にデビュー。
 翌年にはわずか20歳で守護神の座をものにします。
 そして2年後のEURO2004でも好プレーを連続。
 予選グループ3では長年のライバル国オランダを
 抑えての首位獲得し、本大会でも
 5試合連続無失点で準決勝進出に貢献。
 大会後にはブッフォンやカシージャスら世界最高クラスGKが
 顔を揃える中、見事ベストイレブンに選ばれます。
   
○サッカーを始めたのは9歳で当時はウイング。
 でもチームメイトのGKが負傷して代役を果したのがきっかけで
 このポジションに転向しました。

○1999年の17歳の時にケメル・ブルサニーでプロデビュー。
 2001-2002シーズンには70万ユーロ(約9200万円)で
 チェコの強豪スパルタ・プラハに加入。
 若干19歳にこの移籍金の額は議論を巻き起こしたが
 リーグ戦の4試合目に正GKの地位を確立し、
 855分無失点という国内新記録を樹立して賞賛を浴びます。

○02-03、03-04シーズンにはフランスのレンヌでプレー。
 リーグアンとはいえ強豪とは言えないこのチームにあって
 練習には一番最初に来て最後に帰っていたツェフは
 ほぼ全試合に出場し、度重なるファインプレーで1人奮戦。
 チームの残留とフランスカップ準々決勝進出に貢献しました。

○そして2004年1月。
 1030万ユーロ(約13億4900万円)でチェルシーへ移籍。
 名GKクディチーニを抑えて、04-05シーズンは
 当初から優勝が決まるまでレギュラーとして出場し活躍。
 主将のテリーやリカルド・カルバーリョ、
 マケレレといった守備のエキスパートの力も合わさり
 シーズン最小失点記録を達成。
 チェルシーの50年ぶりの優勝の立役者の1人となります。

○そして694分の個人の連続無失点記録が
 かかったブラックバーン戦では
 PKのピンチに陥るも見事シュートを止め
 自力で記録をもぎ取る偉業を成し遂げます。
 さらに1025分連続無失点まで続けて
 プレミアリーグ新記録も樹立。
 選手たちが選ぶプレミアリーグ最優秀選手にも
 ノミネートされました(ちなみにこれはテリーが受賞)。

○“世界一のゴールキーパー”はブッフォンで
 「まだ彼の足元にも及ばない」と語ったツェフは
 今や誰もが認めるプレミアリーグのナンバーワンGK。
 2006ワールドカップでは2002UEFA U-21欧州選手権を制した
 若手も代表入りしていて逸材そろいのチェコだけに
 その活躍如何によってはツェフが“世界NO.1GK”と
 呼ばれる日も意外と早くやって来るのかも知れません。
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